第5回

今日のおさらい
  1. 強磁性相転移の平均場理論
    1. Gibbsの自由エネルギー
  2. スピングラスの平均場理論
    1. SK模型
    2. クエンチ系
    3. レプリカ法
今日のまとめと反省

まず,先週やり残したGibbsの自由エネルギーを導出.といっても,接触変換の結果だけを説明.これはBragg-Williams理論と同じ結果がでる.前者は補助場をいれて鞍点法から出すのに対して,後者はmが出てくるとして,場合の数(エントロピー)を評価する方法.いろいろある平均場方程式のうちの「いろ」くらいは説明したことになったか.
その後で,やっとのことで,スピングラスの平均場理論へ入る.式ばっかり説明して,退屈だったかもしれない.しかし,計算はガウス積分しかしていない.レプリカ法から,補助場をたくさん導入して,有効作用までもってくるが,その流れは強磁性の転移と本質的に変わらない.レプリカの足をふたつもった補助場がスピングラスの秩序変数に関係することを説明した.

黒板を式ばっかで埋めたのはわるかったかもしれない.いや悪かった.ノートを 事前に配れば,よかったのかもしれないが,なにせ,手書きのノートができるの が,講義の直前なので,申し訳ないがそれは不可能だ.その変わりに,講義の後 で,コピーをとることは可能なので,希望者はおっしゃってください.本来なら ば,腕を組んで,何をやっているかをじっくり考えるのが望ましいと思います. 黒板に式を書いている分だけゆっくりと思考する時間ができるので,本当にその 方がいいと思います.特に,今回は,難しいことはしていないのに,式だけはご ちゃごちゃしているので,何をやっているかだけが追いかけられればいいのでは ないでしょうか.(まあ,でも計算できないと何にもならないので,計算も大事 ですね.)途中では,レプリカ系の性質のイメージを説明する.均一系にマップできたからといっても,強磁性状態が決して安定そうに見えないことをいったのだが,この点は後に捕捉する.

思想的には,ランダム平均をどうしてとるかのキモは今回で示したつもりです. ただの計算の道具だと見るか,その奥になんたるかを見るかは難しいところがあ ります(後述).今後はその結果としてのSKの世界をゆっくり堪能することにしま しょう.でも,その前にテクニカルな難点があるので,それが来週の課題です.

今日の宿題: なし

今日の質問:
  1. アニール系とクエンチ系は本質的に違うか?実はあんまりちがわないってことはないの?
    例えば,相互作用変数もスピン変数と同じ時間スケールで動けるとすると,どうなるだろうか.低温では,系全体としてエネルギーが下がりたいとすれば,何かしら相互作用自体も相分離のようなことがおきそうな気がする.同じようにアニール平均でも,結果としてエネルギーが低いサンプルの重みが大きくなる.エネルギーの低いサンプルは,結局フラストレーションの(すく)ない系であり,低エネルギー状態での縮退の少ない系である.物理系としてかなりちがったものになっている.その昔,スピングラス現象の候補としていろいろ模索された時期があったが,その一つは,マチス模型に代表されるようなランダムネスが重要な役割をする一方で,フラストレーションをまったく含んでいない模型である.これらは現在ではスピングラス現象を説明するにはいたっていない.
  2. トレースどこにいっちゃった?というか,2つの平均操作はどこへ.
    レプリカ法のキモはトレースとランダム平均の順番を入れ換えちゃうことで,今回の計算では,トレースは最後までとっていません,いつでもとれる状況まではつれていっていますが.ゆっくり考えてみて下さい.
  3. レプリカ法の応用例は他にもあるのか?.
    あるある.大小さまざまで,わかりやすいところでは,二重平均の構造をもっている系で,最近の「情報統計力学」と呼ばれている系で,誤り訂正符号とか,学習問題とか,ちょっとちがうけど最適化問題とか.わかりにくいところでは,ランダム平均がないけど,ガラス系とか.できれば,次シリーズではガラス系への応用の話をまとめてみたいんだが...それより,繰り込み群とか,もっとまっとうな話題をやったほうがいいか.
  4. レプリカ法の実空間描像って意味はあるのか?
    おそらく,シニアな院生はレプリカ法がどんなものかは知っている人が多いのではないだろうか.問題はそれがどんな物理的な性格なのかを,福島に聞きに来ているのではないかと想像します.あんまり,その期待には答えられていないかも知れないなー.できるだけ説明するようにしますが,私とて何か確固たるものをもっているわけではありません.レプリカ法好きですけどね.
    今日は恒等式を利用して,自由エネルギーをより簡単に計算できるテクニックとしてのレプリカ法を説明したが,レプリカ法と呼ばれる理由は有限のnにおいて複製(レプリカ)を沢山つくっているように見える点であろう.そこでのイメージはいかにも強磁性状態が不安定であるかのようだったが,質問はそんなイメージは意味があるのかということだった.つまり,最終的にはnはゼロにしなくてはいけなくて,そここそが元来我々の知りたかった物理系のはずで,途中で煮たり焼いたりしているのは,我々とは違う世界じゃないかと.それは全く正しいと思う.ただ,秩序変数が異なるレプリカ間の重なりで書けることを見るに,なぜ元の系の秩序の様子がレプリカの言葉でしかかけないかという素朴な疑問をもってしまう.本質的に必要なければ,レプリカ一枚で表現できる物理量になるべきではないだろうか.実際に,強磁性の秩序変数はレプリカの足を一つしかもっていない.この点に関する一つの簡単な答えは次のとおりであろう.つまり,ゴチャゴチャに固まっている様子を秩序変数として表現するのは難しい,いろんな相互作用のセットに対してそれぞれ固まり具合が違うのだから,いちいち相手にしてられないというわけだ.そこで,それを簡単に表現するのは,同じ系を2つ(レプリカ)もってきて比べてみたときに,同じかどうかが秩序変数になるのではないだろうか.ゴチャゴチャも同じようにゴチャゴチャならば,そのような秩序だと判断するのだ.フーン,そうかなーとも思うが,それはゴチャゴチャを表現できない人間の問題なのか,本質的に表現できない代物なのかは以前としてわからないままだよね.
    まとまらない回答だ.講義ではレプリカ空間での考察は元の物理系では信頼のできる意味は提供できないであろうことに同意したし,レプリカ法は計算の道具として捉えられていると現状では考えた方がいいと思う.その効用は「情報統計力学」と呼ばれている分野で十二分に発揮されている.一方で,レプリカ法自体に処方箋以上の何かがあるという考えを私は捨てきれていない.もっとも,過剰に解釈して,ガ○ス系とかに適用している人達にはついていけないところもある.
  5. いろんなnでの物理系としての性質はちがうか?
    レプリカ法の(デ)メリットは,計算の最後の方まで一般のnとして計算する(必要がある)ことである.なので,いつでも好きなnの結果を見ることができる.例えば,n=1はアニール系に対応しているし,二次元系でn=2とすれば,Askin-Teller(スペルまちがっている)模型になる.後者は普遍性が破れる模型として有名.また,一般には面間が4体で相互作用するスタック系になっている.いつでも現実に対応する物理系があるかどうかは不明だが,それなりに統計物理系としての意味はある.そこで,nに依存した物理はあるかとのことだが,来週示すとおり,nが1より小さいところで急にヘンなことがわきでてくるので,一般にn<1とn≧1はかなり違うように思われる.
今日の雑談:
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Koji Hukushima (hukusima@phys.c.u-tokyo.ac.jp)