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今日の一言/2015-2-28の変更点

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!!レプリカ対称性が破れる
いろいろ書きたいことがあるけど、あっという間に二月が逃げていく。。。

高橋昂くんの論文が[Physical Review E: Rapid Communication|http://journals.aps.org/pre/abstract/10.1103/PhysRevE.91.020102]にでる。3次元ポッツグラス模型で一段階レプリカ対称性の破れがおきることを強く示唆する結果がまとめられている。
[こちら|http://huku.c.u-tokyo.ac.jp/~hukusima/FSwiki/wiki.cgi?page=%BA%A3%C6%FC%A4%CE%B0%EC%B8%C0%2F2015%2D2%2D26]と比べると怒られるが、
我々の仕事も一つの研究としてはいろいろ物語があるものである。
論文には決して書くことはない話なので、ボチボチまとめてみる。

そもそもの私個人のこの研究の始まりは、数年前、まだ佐々さんが駒場におられた頃に戻る。 
 ガラスは汚い固体なのか、超ネバネバした液体なのか?
こんな基本的な問いに答えるべく研究をはじめる。
ScienceのP.W.Andersonの解説記事にもあるように固体物理の残された基本的な問いである。
我々は前者の立場をとる。つまり、液体とガラスの境界には何かしらの熱力学的な相転移が存在すると考えている。これは間違いかもしれないが、この立場をとれば、現在、実験的に決められているガラス転移を熱力学的に解釈できる統一的に可能性がある。この根拠はある種の平均場スピングラス模型がガラス転移の性質と酷似の熱力学転移を示していることにある。そこでは明確に無秩序相からガラス相への熱力学的相転移が起こり、液体に相当する相と区別される汚い凍結相が存在している。この相転移はランダム一次転移(Random First Order Transition, RFOT)とよばれている。

この考えが生き残るためには、少なくとも「汚い固体」への相転移を一つでもよいから3次元系で明示すべきである。そのための試行錯誤がしばらく続く。3次元系では結晶状態が非常に安定で、それをかき分けてガラス状態を安定的に実現することは難しかった。この事実は、現実でガラスが準安定状態として認識されていることを反映しているかのようにも思える。それでも、佐々さんは必死になってガラス状態の模索し続けた。[pure glass|http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.109.165702]はその産物である。並進対称性のあるモデルで結晶状態がないことを証明した上で何かしらの液体からの相転移があることを示したわけだが、しかし、それはあまりにも不自然な模型に思えた。必要な局所的な状態数が100を超えるなんて、尋常ではない。あったとしても、特別中の特別模型の話であって、我々の世界に戻ってくるにはあまりにも遠く思えた。

そこで、手を戻すようでも、RFOTを示すスピングラスの平均場模型の3次元版を考えて、その実現可能性をチェックすべきと考えるに至った。「手を戻す」というのは、ガラス転移の理論であるためには埋め込まれた「乱れ」はなくすべきであるが、スピングラス模型はそれが盛り込まれている分だけ、本来あるべきガラス転移の理論から離れてしまうという意味である。それでもなお3次元系でガラス的な転移を確認すべきだというのが我々の認識であった。スピングラスの理論の観点から、このRFOTの物理はレプリカ対称性の破れで記述されることがわかっている。つまり、ここで問われる問題はレプリカ対称性の破れが起きる3次元系は存在するかと言い換えることもできる。


さて、それではどんな模型を調べればよいだろうか?決まっていることは、空間次元が3であることだけである。ひとまず平均場模型でRFOTが起きることが分かっていることを眺めてみると、条件を満たす模型はポッツグラス模型とpスピン模型になる。そのうち、有限次元系に自然に定義できるのはポッツグラス模型である。この意味で、選択は苦労なく決定される。選択の余地がないとも言える。ポッツグラス模型の研究は1990年代まで遡る。イジングスピングラス模型の有限温度相転移の存在が1980年代後半に数値的にほぼ確定的になったころ、次のターゲットとして状態数の増えたポッツグラスの相転移問題が話題になった。当時、Binderのグループにより精力的な研究がなされ、3状態ポッツグラスは3次元系では相転移しないことがモンテカルロ計算により指摘された。つまり、2状態イジングスピングラスの相転移は特別で、一つでも状態が増えると相転移は起きないというわけである。研究終了…となった。

この状況が変わったのは2000年代になって、Youngのグループが再計算により同じ模型で有限温度でのスピングラス転移を確認してからである。今となっても、なぜ再計算をすることになったのかはわからない。ただ、1990年代にモンテカルロ法の技術革新があり、方法論の大きな発展があった。拡張アンサンブル法の登場である。これにより、より低温で、より大きなサイズを調べることができるようになった。とにかく、3状態ポッツグラス模型で相転移することが明らかになると、4状態、5状態、6状態と一気に計算が進む。特に、スペインの[Janusプロジェクト|http://bifi.es/en/infrastructures/scientific-equipment/janus]が活躍する。これらの研究で明らかになったことは、6状態まで状態数を増やしても相転移は起こることである。そして、どうやら6状態ポッツグラス模型までは有限温度相転移が起こるもののRFOTの兆候は見られず、通常の二次転移的な性質しか見つからなかった。有限次元系のゆらぎの効果(おそらく)で、平均場理論の描像はすっかり変わってしまうことを意味している。もしRFOTの残像が見えるならば動的性質だろうと考え、転移温度直上の動的特異性を調べたのが昂くんの学会デビューのネタであった。何かしらの指数的なつよい発散があれば…と期待したわけだが、残念ながら何もなく、二次転移的な臨界発散が確認されただけであった。やはり、ポッツグラス模型にはFROTの残像すら残っていないように見えた。

そして、2013年にこのような現状分析と解釈の考察をしたCammarotaらの論文"Fragility of the mean field scenario of structual glasses for disordered spin models in finite dimensions"が出る。そこでは,スピングラス平均場理論から導かれるガラス転移描像は有限次元系は極めて脆いことが幾つかの傍証とともに議論されている。8次元、9次元くらいまで高次元であれば見えるかもしれないとも書かれていて、3次元系は無限大次元から遠く離れていることを改めて認識することになる。


今度こそ万策尽きたかと思ったが,もう少しだけ粘ってみようと議論を続けた.そこで出てきた案は「次元を増やす代わりに、結合数を増やす作戦」であった.第三近接まで増やせば状況は変わるのではないか.可能性としては否定しきれないが,可能性は低かろうというのが私の第一感であった.Parisi-Marinariが第三近接まで考慮したイジングスピングラス模型を調べていたことが心の片隅にはあった.その目的は転移温度を実行的にあげて数値計算を容易にして,レプリカ対称性の破れを観測しようとしたものであったが,結果は芳しくなかった、と思っていたが,後で調べなおしてみると、そうではなくて,有限温度相転移を確定するための研究であった.こんな感じで曖昧な記憶を元に,「結合数を増やしてレプリカ対称性の破れを探す」と標語だけは掲げてみたわけでが、実際にさーとやってみせたのが昂くんであった.あれこれ考えて腰が重くなっている場合ではなかったし,そもそも状態数の多い系では結合数は多くなくてはいけないことに関して,私なんかよりも深い考察をしていた.腰だけでなくて頭も重くなっていた…

それにしても,第三近接相互作用まで増やして物理が変わるものかって思うのは、普通だろう.次元が変わると相転移の臨界指数は変わることはよく知られているが,それ以外の様子は大かわりすることはない.相互作用のレンジを少し変えても次元は変わらないのだから,物理は変わらないというわけである.一方で,Cammarotaたちはベーテ近似に相当する理論で結合数を変えたときに,スピングラスの相転移の様子が変わることを示している.ベーテ近似では有限次元系のことは何もわからないし,平均場理論の臨界指数から脱しない理論では予言能力もない.これが第一感であった.今から思えば,結合数が変わったときにレプリカ対称性の破れ方が変わることがあるという指摘に敏感になるべきだったかもしれない.というか、結果的にそこに応答した形になっていたわけである.

さて,結果は東大物性研のスーパーコンピュータの共同利用を使って,現代的には超巨大計算ではないが、そこそこの計算時間を費やして得られた.もっとも注目したのはレプリカ対称性の破れのリトマス試験紙である秩序変数の分布関数である。これがデルタ関数的であるか、何かしらの広がりを持つかが大きな分岐点である.そして,難しいことは数値計算で扱える有限の大きさの系ではデルタ関数的になることは決してないことである.有限系から無限系への傾向を丁寧に見極める必要がある.この問題が,1990年代にイジングスピングラス模型でレプリカ対称性の破れの検証を行ったときの論争の一つのポイントであった.イタリアーフランス連合対その他の国の研究者たちが、破れる破れない論争を繰り広げていて、結局グレーのまま現在に至っている.最近の注意深い研究では,レプリカ対称性は破れないと解釈することが自然なようになっている.我々の調べているポッツグラス模型はその事情が少し異なっている.RFOTに関連するレプリカ対称性の破れでは、デルタ関数が二本立つことが予想されている.つまり、「広がり」ではなく明確な二本のピークを見つければ…勝ちなのである.
 そして,二本のピークが見つかった
論文にまとめて,最初の版ができてから,推敲に推敲を重ねて,8月にArXivにアップすることができた.直前に佐々さんからヨーロッパでもRFOT探索が進行しているとの指摘を受けていた.なんとか我々の取り分をキープしなくてならない.ちょうど、昂くんはコルシカのスピングラスの夏の学校があり,この話題のプロたちが講師を務めるなかで,ポスター発表をする機会があった.私はボストンでCCP2014があり,宣伝活動をしっかりすることになる.Youngともそこで話をするつもりであった.昂くんの発表は好評だったようで,何人かの研究者から問い合わせのメールがやってきた.Parisi先生からも
 I have seen your very nice paper http://arxiv.org/pdf/1408.1495.pdf.
 The results are very interesting. Congratulations
とメールがやってくる.論文ができたら、だいたい"Congraulations"とするものなんですけど,Parisiからもやってくるとは驚きであった.
とメールがやってくる.論文ができたら、だいたい"Congratulations"とするものなんですけど,Parisiからもやってくるとは驚きであった.YoungやKatzgraberとちょくちょく話ができたし、Krzakalaともダイナミクスの大事さやplantingの可能性を議論した.Krauthさんも講演を聞いてくれていてありがたい.

さて、ちゃんと論文を通すところまでが研究であるが,これがなかなか通らないもので…そもそも


'''つづく'''